パワエレ研の大学教授と学生インタビュー(第2回)首都大学東京(令和2年4月より東京都立大学へ名称変更予定)
インタビュー実施日:2019年7月4日
首都大学東京大学院システムデザイン研究科電子情報システム工学域 清水敏久教授
和田研究室の松原壱樹さん、清水研究室のトゥルマンダフ・バトオルギルさん
パワエレ研究・パワエレ教育の現状と課題
IEEE(米国電気電子学会)、IEEJ (電気学会)フェローであり、首都大学東京エネルギーインテグリティーシステム研究所センター長を務める清水敏久教授は、「パワエレはニーズとシーズを組み合わせるハブテクノロジーとしてもっと主張すべき」と言う。清水教授にパワエレ研究・パワエレ教育の現状と課題をうかがった。
―清水先生がセンター長を務めるエネルギーインテグリティーシステム研究所センターでは、どんな研究をしているのでしょうか?
清水先生 現在パワーエレクトロニクス技術が普及・発展して、私達の身近な所へ多くのパワエレ機器が導入されています。さらに今後はスマートグリッド(次世代送電網)やホームエナジーマネジメントシステムなどが、省エネ技術として普及することが期待されています。
それらの次世代システムでは、パワエレと情報系システムが連携して動作します。しかしパワエレ装置というのは、本質的に「電磁ノイズを出す」という致命的性質を持っている。一方で情報系システムはノイズに弱い。電磁ノイズが情報系に通信障害を起こすことで支障が起きるという、潜在的な危険性が常にあるのです。
EISでは、そうした通信障害を起こす要因、それはパワエレ側だけでなく情報機器側にもありますから、要因を明確化して相互に障害を防止する先行技術を研究しています。
―パワエレ側はノイズを抑え、情報側はノイズを受けても大丈夫な方法を考えるということですね?
清水先生 基本的なスタンスはそうです。現在パワエレ機器と情報機器は、個別に規格が定められています。パワエレ機器側は「ノイズを出すな」、情報機器側には「あるノイズでちゃんと動作せよ」という規制はありますが、どうしても情報機器を守る規制になっていて、パワエレ機器は「ノイズを出すな、もっと出すな」と要求されます。その一方で、情報機器は高速化でいよいよノイズに弱くなってくる。ノイズを出しちゃいけないのは分かっていますが、パワエレは基本的に電磁ノイズを出すものだから、従来と同じ対策方法で、パワエレ側だけにノイズを抑えろというのは無茶な話です。情報機器側にも電磁ノイズに耐性を持つような技術を開発して欲しい。材料的なことなど、情報機器側にもやれることはあると思います。
どんな技術もそうですが、システムが大きくなると異なる技術分野が互いに技術を持ち寄ります。その結果、問題が顕在化した時に対処するというのが常です。しかし電磁ノイズのようにある程度分かっているもの、障害が予測されるものに対しては、互いの障害要因を明確にして、横断的に協力して技術開発する姿勢が重要ではないでしょうか。
-次に清水先生ご自身の研究テーマをお伺いしたいと思います。
清水先生 パワエレ技術には50年の歴史があり、変換回路方式も多数できています。今までのパワエレは、パワー半導体やパワーデバイスの発展に支えられてきました。そのため「パワーデバイスが良くなる=パワエレが良くなる」と、短絡的に考える人が多すぎるように思います。今後はよりいっそう小型・軽量・省エネ・低コストのパワエレ装置を開発してゆくためにパワーデバイスを良くするだけではなく、周辺の要素を考えることが必要だと思います。
-周辺回路の素子などのことですか?
清水先生 パワエレ装置を構成するトランス、インダクタ、コンデンサ、ノイズフィルタなどの受動デバイスだとか、熱設計の方法といった周辺の要素です。パワーデバイスの発展に、他のデバイスが追いついていません。従来のトランス、インダクタやコンデンサが使われる環境は、専門的にいうと正弦波の環境下で交流電源の中で使うという評価法だったけれど、パワエレ装置でこれらを使う時は、正弦波環境で動作することはほとんどない。我々はそういう、「運転状況を踏まえた評価が出来ているか?」ということからスタートして研究をしています。
評価法を検討し、評価装置も作りました。損失や特性の計算法も、今までの研究成果を尊重しつつ「パワエレ用途の受動品」として評価することを重視しています。磁性材料や誘電体をパワエレ用として評価し、現状の課題がどこにあり、それを解決するにはこういう特性が欲しい、そのためにはこういう受動部品が開発されればいいね、と。そういう方向性を示したいのです。
パワーデバイスは今、究極の特性が求められています。材料は我が国の強い分野ですから、受動デバイスについても材料分野の方々にパワエレで求めている特性を分かってもらえば、結果的にパワエレの発展に繋がります。幸い、今パワエレは社会的に需要が大きくなっており、磁性体メーカーさんもパワエレ用デバイス開発の必要性を理解しています。現在はそうしたメーカーさんと一緒に、パワエレ用デバイスの改良をしている状況です。
-清水・和田研究室にはどれ位のメンバーがいるのですか?
清水先生 学部生、修士、博士、ポスドクに技術指導の企業OB、トータルで約40人ですか。学科再編で修士学生の人数制限が緩和されたのと、博士やポスドクが入って来たため、以前より学生は増えていますね。社会人ドクターもいます。
-企業もパワエレ知識の必要性を感じているのではないでしょうか。
清水先生 そうですね、ドクター取得を推奨している大手電機メーカーも多いようです。社会人ドクターは通常業務をしながらの研究ですから大変です。我々もできるだけ支えたいと思っています。
-パワエレ教育の動向と、課題を教えてください。
清水先生 日本の教育システムと海外はまったく違うので、ことパワエレ技術に関しては、大きく差をつけられているのが現状です。日本は良くいえばオールラウンダー教育。全部勉強してからパワエレを専攻しますが、海外、特に中国、台湾などアジア地域では、学部2年後半か、遅くとも3年までに専門を決めて徹底的に実践的トレーニングをします。世界中の学生が参加するパワエレ技術のコンペティション「フューチャーエナジーチャレンジ」で、日本の大学はファイナルに残ったことがありません。中国、台湾、韓国が8〜9割、そこにアメリカ、ヨーロッパのトップクラスの大学が入ってくる状況です。あと10年もたったら、日本のパワエレの分野の優位性が保たれているか心配になります。
-パワエレの社会的需要は大きくなっているのに?
清水先生 日本の大学は学術的なことに重きを置きます。半導体なら半導体だけを研究する形ですね。パワエレはもっと出口に近い技術、さまざまな技術を使ってアウトプットを出す技術です。半導体も使う、回路制御も使うという、エンジニアリングの色合いが強いのです。
文科省などは「エンジニアリングは企業がやること」であって、大学にはWhat's Newを考えろといいます。個々の技術はコアテクノロジーで、大学でコアテクノロジーをやれば、後は企業が製品にするという姿勢です。しかしパワエレに関しては、企業に昔のような体力はないし、開発現場もそんなスピードで動いていません。
もう一度、工学とは何かを考えなければいけない時代になっていると思います。従来の工学は、単に新しいモノを作って供給できれば良かった。これからは「コトの時代」です。「こういう社会を作るには、こういうテクノロジーが要る」というバック・プロパゲーションと、技術を効果的に組み合わせることが重要になってくる。パワエレはそのニーズとシーズを組み合わせるテクノロジーハブなのです。
アウトプット志向で日本の産業を強くしようとするなら、電気エネルギーは大事です。パワエレの重要性はもっと社会に認識されるべきですね。
パワーエレクトロニクス研究室の学生に聞く
研究テーマと将来の夢。
-松原さんは博士課程2年ですね。研究テーマを教えてください。
松原さん 「非接触給電システムが放射する磁界の生体影響を測定する装置の開発」が僕の研究テーマです。昔から磁界の影響は言われていますが、未だにちゃんと測定されていません。現状は特定の2つの周波数でしか測定されていないと思います。だからEV の非接触給電システムが放射する85kHzの磁界を曝露したラットにどんな影響が出るかを調べています。
-研究室を決める時にパワエレを選んだ動機は何ですか?
松原さん 授業で回路学が一番好きだったということはありますが、パワエレは回路学だけじゃないですよね。電磁気もデバイス特性も、全部のフィールドを包括的に学ぶことができます。それと、産業に一番近いのではないかと思ったからです。EVやエレベーターなど、身近にあるものの研究ができるのが面白いと思いました。
-研究室に入って、印象はどうでしたか?
松原さん 教室は一緒ですが、僕は和田研究室です。うちでは恒例行事として、学部4年で入ったらまず1カ月でチョッパーを作り、みんなの前でプレゼン発表までします。院生1年が復習を兼ねて指導役を担当してくれます。実践的なトレーニングがうちの特徴ですね。あとOG・OBの方も含めて40人位でゼミ合宿をします。いろいろな方の意見が聞けるので勉強になります。
-留学生のトゥルマンダフ・バトオルギルさんも同じく博士課程2年ですね。研究テーマを教えてください。
トゥルマンダフさん バッテリーのセルバランスを研究しています。私の母国モンゴルでは、日本から数多くのEVを輸入しています。使い古しのバッテリーがたくさんあるので、これをリサイクルして使用するのですが、各々の装置の劣化度合いが違うのでセルバランスを取るのが難しいのです。
-パワエレを研究しようと思った動機は何ですか?
トゥルマンダフさん パワーエレクトロニクスを研究すれば、フレキシブルに多方面で対応できると思ったからです。電気・電子いろいろな分野へ行けるし、アプリケーション事例、応用事例が多いのも選んだ理由です。
-日本を留学先に選んだのはなぜですか? 来てみてどうでしたか?
トゥルマンダフさん 他にも選択肢はありましたが、日本は工業技術が進んでいてエンジニアのクオリティが非常に高く教育水準も高いので、他より優れていると思いました。モンゴルで清水先生の論文は読んでいました。私より先に日本留学した人が清水先生と知り合いになったので、私にもチャンスがあると思って日本に留学しました。
この研究室の最初の印象は、とても国際的だと思いました。台湾、中国、ベトナム…など研究員や教官にも外国籍の方がいましたので。それと人数が多い。モンゴルの大学の研究室は多くても10人位です。人の多さに驚きました。それと研究設備が整っていることも素晴らしいと思いました。
-松原さんは企業に就職する予定でしょうか? 今後のことを聞かせてください。
松原さん 正直なところ今は論文を書くのに一所懸命で(笑)、まだ就職をきちんと考えていないのですが…。希望の就職先としては、総合電機メーカーの研究職を考えています。先に言ったように、パワエレ研究を選択した理由も産業に近いからです。自分のやっている研究成果が身近にある、目に見える形で社会貢献ができるというのがいいなと思います。
-総合電機メーカーでどんな研究をしたいのでしょう。製品開発など?
松原さん 具体的製品というより、それを支える基盤の技術、回路や制御の技術ですね。その先端研究をしてみたいです。新規性を問い詰めていくような研究がしたいですね。
-トゥルマンダフさんの将来ビジョンはどうですか?
トゥルマンダフさん 私は奨学金を貰って留学しています。卒業後はモンゴルの母校で5年間勤務する条件なので、大学へ勤務することになります。モンゴルにはパワエレの教授があまりありません。だから教授になれたらと思っています。
-企業への就職は考えないのですか?
トゥルマンダフさん アカデミックが希望ですが、大学教授の他には自分で小さな会社をやれたらと思っています。モンゴルでは都市部を離れると、まだ電力供給の不安定な場所も多いのです。電灯も十分にないエリアもあります。そういう所へ電力供給できるシステムを考えたいです。ソーラーパワーや風力発電など方法はあると思います。
-大きな将来ビジョンですね。
最後に清水先生にお聞きします。先生は学生の将来についてどうお考えですか?
清水先生 パワエレ・エンジニアの重要性を主張する立場としては少々矛盾しますが、個々人の人生ですから、学生たちには自分が興味を持つ職種を見つけて、そこで羽ばたいてくれたらいいと思います。もちろんパワエレの未来を担ってくれたら、それが一番ですが。
また、海外経験も積んでもらいたいですね。よりアクティビティの高いところで国際色の強い企業や研究機関など、環境の異なるところでパワエレの視野を広げてほしいです。タコ壷のように1つのところでは収まってほしくはないですね。
-首都大学東京には、海外留学の支援制度があるそうですね。
清水先生 はい。この大学には国際センターがあります。海外への留学や海外研修、国際学術会議派遣支援など、学生が希望すれば奨学金なども含め様々な支援を行なっています。最近では、留学などで海外に行った学生の話しを聞いて海外に行きたいという学生が増えています。
学生には、自分で考え、好んで武者修行する人間になってもらいたいです。そのためには、教育のやり方が重要です。教えすぎない、しかしながらゴール設定は明確に行う。その上で、レクチャーは最小限にして関連論文や書籍を渡す。分からないことは教えますが、自分で考えることが大切なのです。
-ありがとうございました。
清水敏久教授
首都大学東京副学長 大学院システムデザイン研究科電子情報システム工学域
エネルギーインテグリティーセンター長 工学博士 IEEEfellow IEEJfellow
松原壱樹さん
首都大学東京大学院システムデザイン研究科
電子情報システム工学域 パワーエレクトロニクス研究室博士後期課程
トゥルマンダフ・バトオルギルさん
首都大学東京大学院システムデザイン研究科
電子情報システム工学域 パワーエレクトロニクス研究室博士後期課程